久保ゼミレポート

日本における憲法解釈に関する研究
第一項 天皇に関する憲法解釈
 天皇に関する条項は帝國憲法と現行憲法においてまったく違うものとなっている。帝國憲法において、天皇は、「國の元首にして統治権を総攬」する存在であった。現行憲法において、天皇は「日本國の象徴であり日本國民統合の象徴」であると規定している。更に、現行憲法は、天皇の地位を「主権の存する日本国民の総意に基く」と規定している。日本国の元首は誰かという問題を明らかにしたい。
○主権概念の整理
 主権概念は、フランスのジャン・ボダンによって提唱されたと言われている。ボダンの生存当時、つまり、16世紀のヨーロッパでは、フランスとその周辺諸国の政治権限が重複し、フランス国内では、君主・貴族・教会の政治権限が錯綜していた。ボダンは主権という概念を使って、ヨーロッパにおけるフランスの政治権限、フランスにおける君主の政治権限を整理しようとした。この歴史的由来から、主権には、国際法上の主権と、国内法上の主権という二つの概念を持つことになっている。前者は外国の権力に屈しない最高の意志決定権限を表し、最高独立性と表記されることがある。後者は無制限の絶対権力を意味し、統治権と表記されることがある(注1)
 日本においては、主権概念は三種類存在する(注2)。対外的な独立性という意味で用いられる場合(注3)。対内的な統治権という意味で用いられる場合(注4)。国家における最高決定権力という意味で用いられる場合(注5)
      なお、最後の定義は、後に王権神授説に流用され、君主主権の成立に一役を担うことになり、市民革命において、ナシオン主権やプープル主権などで発展し、わが国でも穂積八束・上杉慎吉両教授による天皇主権説の土台となり、国民主権の土台となった、もっともポピュラーな意味での「主権」概念である。
○元首概念の整理
次に、元首の概念について整理する。元首は国家の首長であり、通常、君主国では君主、共和国では大統領が元首とされる(注6)。多くは憲法に元首が誰かという規定があるが、元首に関する規定を持たない国も少なくなく、そうした国での元首は慣習上のものである。また、憲法により、元首が政治の実権を持つ場合も持たない場合もある。実権の有無、統治形態のちがいにかかわらず、多くの国では、元首は国家の長としての特別な精神的権威を持つべきだと考えられている。元首は通常一人の人とされるが、たとえば、スイスでは連邦参事会を元首とする説が有力である。但し、外国からは連邦参議会の議長である大統領が元首と見られている(注7)
共和政体では大統領が元首であり、君主政体では君主が元首である。元首とは、行政権を有するものが就任するということだが、君主が行政権を握るということは今日ではない。世界の君主は、国家の最高代表機関であって、三権の長を任命したり、国政における儀礼的な行為を内閣の輔弼で実行したりしている(大臣助言制)。
では、わが国では元首を如何にして定めているか。大日本帝國憲法は天皇を元首と定めたが、日本国憲法は元首に関する規定を設けていない。日本国の元首が何れの機関であるかについては、複数の説がある。日本国には元首は存在しないとする説(不存在説)、外交関係を処理する内閣であるとする説(内閣説)、行政権の首長たる内閣総理大臣であるとする説(内閣総理大臣説)、外国大使・公使を接受する等の国事行為を行う天皇(天皇説)であるとする説の4説が知られる。日本政府は内閣法制局の「天皇を元首として差し支えない」という見解に立ち、また、諸外国は、天皇訪問時の礼砲の数や外国大使が一番に皇居へ参内するという慣行からみてもわかるとおり、天皇を日本の元首として遇していると解することができる。
○日本国の元首は天皇か
現行憲法は、日本における主権保持者を「日本国民」と定めている。先に述べたとおり主権概念は3種類に分割される。対外的な統治権という意味では、「日本国民」が日本という国家を代表しているわけではない。日本を代表するのは天皇か、内閣総理大臣あたりだろう。また、対内的な統治権という意味でも、「日本国民」が日本国を統治しているわけではない。これは、国会やら内閣やら裁判所といった国家機関が統治者とみるべきだろう。では、国家の最終意思決定権という意味から考えると、これは、「日本国民」と見ることができる。不存在説はどうかというと、主権概念の定義からそれぞれに元首が導き出せるので、これも当てはまらない。以上より、日本国の元首はだれであるか決まらない。
天皇は一般的に君主と見られているが、大臣助言制が採用されておらず、微妙な位置付けであると言わざるを得ないが、内閣総理大臣や最高裁判所長官の任命は君主の最重要な任務のひとつであり、特に内閣総理大臣の任命は、歴史も示すように、形式的であれ相当の政治的重要性を有しているといえる。なぜなら、天皇による任命は政権の「正統性の証」でもあるからである。わが国は、古来より、天皇不親政を伝統としているが、政治権力者がいかに大きな権力を持っていようと、天皇から公的証明を受けなければ、周囲から政権担当者たる認知や支持が充分得られなかった。例えば、天皇の権能が最も微弱であった幕府時代においてさえ将軍がその地位に就き、政権を獲得し、維持するためには、勅旨による征夷大将軍の「宣下( せんげ)」を受けねばならなかった。系図上、天皇と繋がらず幕府を開くことのできなかった豊臣秀吉でさえ関白太政「大臣」の地位を必要とした。歴史からみると、天皇は十分に君主であるといえる。 また、つい最近のことであるが、国会の開会式では天皇ははっきり「君主」として遇されている象徴的な事例が昭和60年にあった。国会開会式に際し,福永健司衆議院議長(当時)は、病気あがりで天皇を無事に「玉座」にお迎えできないという理由で辞任した。真相は別に在ったのだが、天皇を君主とみるにふさわしい事例だろう。
ここでほかの立憲君主国の状況を見てみるが、スペイン王国やベルギー王国では主権者を国民とし、元首を国王としている憲法上の規定が目につく(注8)。日本を立憲君主国と見ると、このような形を流用して、日本の元首は天皇であるとしても差し支えはないと思う。

注1:大隈義和編『憲法T 総論・統治機構』(2002,法律文化社) 26頁  長谷川恭男『リーディングズ現代の憲法』(1995,日本評論社) 214頁
注2:大隈前掲書 29頁  清宮四郎『憲法T』(1957,有斐閣) 57頁
注3:われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。(憲法前文)
注4:「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ(ポツダム宣言第8項)
注5:本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。(憲法前文) 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。(憲法1条)
注6:清宮前掲書 182頁
注7:樋口陽一、吉田善明編『世界憲法集』(2001,三省堂) 116頁
注8:スペイン憲法第1条、第56条  ベルギー国憲法第33条、第87条


第二項 第9条に関する憲法解釈
 憲法問題で目にいくのが第9条であるから次は第9条について考察したい。現在、自衛隊はイラクに出征している部隊があり、自衛隊は海外にまで出て行くようになった。まずは、自衛隊の存在について考察したい。
○ 自衛隊の存在は違憲か合憲か
9条の法文中において、「国権の発動たる戦争」とは単に「戦争」というのと同じ意味であって(注1)、これは「兵力による国家間の闘争」又は「戦時国際法の範囲内であらゆる加害手段を用いて相手国の抵抗力を制圧することのできる法的状態」と定義される(注2)。では、「国際紛争を解決する手段としての戦争」についての解釈であるが、戦前に憲法問題にもなった不戦条約第一条(注3)の規定を参照すると、「国家の政策の手段としての戦争」と同義であり、具体的には、いわゆる「侵略戦争」を意味すると解釈できる。従って、第1項の解釈は、侵略戦争は永久に行うことはできないが、自衛戦争は放棄されていない、と考えられる。よって、自衛隊の防衛出動も合憲と解釈ができる。
二項について、「前項の目的」とは、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」するために侵略戦争を放棄することである。侵略戦争を行うための、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しないとかかれているのであって、自衛戦争のための自衛隊は、これにあたらない「必要最小限度の実力」と解されている。しかし、国の交戦権は認められていないので、自衛戦争は不可となる。なぜなら、交戦権とは交戦状態に入った場合に交戦国に国際法上認められる権利(注4)であるから、自衛戦争も戦争の一形態である以上は、交戦権に基づいて行うのであり、これが国家に認められていないというのは、すなわち戦争ができないということにつながる(注5)。これに対して、内閣法制局は、「自衛権の行使は必要最小限度の実力の行使であり、交戦権の行使ではない」と解釈しているが、残念ながら、意味不明であるとしかいいようはない。
以上のとおり、現行憲法の規定は、奇妙奇天烈摩訶不思議な条文を持っている。自衛権を持つことは可であるが、自衛戦争を実際に行うことは不可なのである。国家を防衛する自衛隊は、国家の非常時には憲法違反を犯さないと役に立たないのである。9条は国家の存在意義を根本から否定する条項である。
○憲法第9条・自衛隊に関する初期段階の憲法解釈
憲法がまだ原案だったころは、自衛権や自衛戦争ですら認められていなかった(注6)。第90回帝国議会(いわゆる制憲議会)において、日本共産党の野坂参三参議院議員は、戦争には侵略戦争と自衛戦争があって、「正しい戦争」つまり自衛戦争まで放棄する必要は無いはずであり、侵略戦争の放棄を明示することで足りるのではないか、と質問した。だが、これに対して吉田首相は、「国家防衛権に基づく戦争を正当とする考え方こそ有害である」と答弁し、自衛権の保持について、頑なに否認した。なお、9条2項の「前項の目的を達成する」という部分は、制憲議会において改正案を審議中、芦田均衆議院議員が挿入した。これが、所謂「芦田修正」と呼ばれる部分で、これによれば、第2項を「侵略戦争を放棄するという目的を達するためにのみ戦力を保持しない」と規定していると見て、それの反対解釈を行うことにより、「侵略戦争を放棄するという目的を達することが出来るのであれば、戦力を保持できる」=「自衛戦争のための自衛戦力は保持できる」と解釈されるとしたのである。
その後、朝鮮戦争が勃発して、マックァーサー元帥が、日本の占領と防衛の任務についていた米軍を朝鮮半島に出動させたのだが、日本の防衛体制に大きな穴を空ける結果となった。そこで、GHQは日本政府に治安維持を行うべき組織を作るように許可を下し、ポツダム政令たる警察予備隊令により、警察予備隊が組織され、事実上の再軍備が始まった。その後,警察予備隊は保安隊に改称された。政府は、保安隊の目的を「わが国の平和と秩序を維持し、人命および財産を保護するため、特別の必要がある場合において行動し、あわせて海上における救難を行う」としており(注7)、政府は9条2項の禁止する「戦力」は近代戦争遂行能力であって、「戦力」に至らない実力の保有は合憲である、との解釈を示した(1952年政府統一見解)。そして、自衛隊へと改称され、自衛隊法は自衛隊の目的を、「わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持にあたる」(注7)としており、従来の政府統一見解では説明仕切れなくなったため、新しい政府解釈が必要となった。自衛隊の合憲性について、1954年12月22日に提示された鳩山一郎内閣は、「憲法第9条は、独立国としてわが国が自衛権を持つことを認めている。したがって、自衛隊のような自衛のための任務を有し、かつ、その目的のため必要相当な範囲の実力部隊を設けることは、何ら憲法に違反するものではない。」という統一見解を発表した。 ○憲法第9条・自衛隊に関する司法の態度
ここで、砂川事件(注8)に関する司法判断をとりあげる。砂川事件において、第一審東京地方裁判所は、第9条が「自衛権を否定するものではないが、侵略的戦争は勿論のこと、自衛のための戦力を用いる戦争及び自衛のための戦力の保持をも許さないとする」という規定であることを判決理由で書いている(伊達判決 東京地裁昭和34年3月30日判決)。これに対し、検察側は最高裁判所に跳躍上告(刑訴406)し、上告審で最高裁判所は、原判決を破棄差戻しとした。1959年の時点で、行政による見解と司法判断がまったく食い違う結果を残していた点で興味深い。しかし、この事件は、最高裁がいわゆる統治行為論(注9)を用いて、憲法判断を止めてしまったので、司法の消極的な姿勢を後にまで許し、「憲法解釈」で海外派兵まで許すというウルトラCの裏技を内閣が行える事態を招いたという点で、この判決は問題である。違憲審査権の放棄に等しい結果を招いてしまった。
自衛隊の問題に関しては、あと、恵庭事件(注10)、長沼ナイキ事件(注11)、百里基地訴訟等があるが、恵庭事件・長沼事件は憲法問題に食い込んだのは、第一審地裁のみで上訴審は、統治行為論を繰り返すというありさまで終わった。また、これらの過程では、裁判所が如何に軍事的に無知であるかを露見させる結果になってしまい、裁判所の感覚と一般人の感覚に開きがあることを証明することになってしまった。 ○現状の自衛隊に関する見解
1990年、イラクのクウェート侵攻に対し、アメリカをはじめとする各国は国連決議に基づいて多国籍軍を形成した。日本でも、この多国籍軍への自衛隊の派遣・参加について議論が為され、小沢一郎自民党幹事長(当時)は、国連憲章や憲法前文の国際協調主義に基づいて、自衛隊派遣は可能だ、と主張した。政府・自民党は後に、PKO協力法(平成4年法律第79号「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」)を成立させた。1992年における政府見解から、憲法遵守の精神はなくなった(注12)。鳩山内閣の時代には、自衛が目的でしかなかった自衛隊が海外に派兵できるようになったのは、本来、憲法が求める範囲から逸脱している。そして、現在のイラク派兵がとどのつまりである。
現在、自衛隊の戦力は、数え方によっては世界で3本の指に入るといっても過言ではない。陸には、優秀な90式戦車を擁し、海には世界でアメリカとスペインしか保有していないイージス艦を4隻保有し、空のF15もまた優秀な機体であることに間違いはない。世界有数の軍事力を保持する日本の自衛隊は戦力でないとするのはあまりにも馬鹿げている意見であり、現実を無視している。自衛隊は、外国からは日本軍としてしか認識されておらず、余計な混乱を招くだけである。

注1:芦部信喜『憲法』新版(1997 ,岩波書店) 57頁
注2:百瀬孝『事典 昭和戦後期の日本』(1995,吉川弘文館) 344頁 注3:「締約国ハ国際紛争解決ノ為戦争ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互間系ニ於テ国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ヲ放棄スルコトヲ其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ厳粛ニ宣言ス。」
注4:芦部前掲書、66頁
注5:芦部前掲書、58頁
注6:進歩党の原夫次郎議員は、この憲法草案では自衛権まで放棄してしまうのか、不意の侵略を受けた場合どう対処するのか、について質問している。これに対して当時の吉田茂首相は、自衛権は否定していないが軍備と交戦権を否定している、と答弁した。更に付け加えて吉田首相は、近年の戦争は「自衛権」の名に於いて行われたものであり、世界に対して我が国が好戦的な国で無いことを証明し、疑念を払拭するには、自衛権の放棄をも必要であると発言した。
注7:百瀬前掲書、346頁
注8:芦部前掲書、69頁
注9:「直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為」=統治行為は、一見極めて明白に違憲無効でなければ司法審査の範囲外にあるという考え方。 参照は、芦部前掲書、306〜307頁
注10:芦部前掲書、342〜343頁
注11:芦部前掲書、63頁
注12:海外派兵につきまして一般的に申し上げますと、武力行使の目的を持って武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣することというふうに従来定義して申し上げているわけでございます。このような海外派兵、これは一般に自衛のための必要最小限度を超えるものということで憲法上許されないと解しておりますが、今回の法案に基づきますPKO活動への参加、この場合には、ただいま申し上げましたとおり我が国が武力行使をするとの評価を受けることはございませんので、そういう意味で今回の法案に基づくPKOへの参加というものは憲法の禁ずる海外派兵に当たるものではない、かように考えております。


その他の参考文献
大石眞『憲法史と憲法解釈』(2000,新山社出版株式会社)
鈴木安蔵『日本憲法史』(1950,日本評論社)
柳瀬良幹『元首と機関』(1969,有斐閣)
杉原泰雄『憲法T』(1987,有斐閣)
安部照哉、畑博行編『世界の憲法集』(1998,有信堂)


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